優しい人と幸せな人

私は脳出血が原因の麻痺なので、脳出血の治療で入院し、状態が安定してからはリハビリ専門病院で最初の入院から数えて入院期間が全部で6ヶ月になるまで入院しました。麻痺というのはうまくした?もので、左半分がきっちり言うことを聞きません。ですから最初は顔も左半分がうまく動かず、舌もうまく動かせず、結果言葉がうまくしゃべれませんでした。

リハビリ専門病院に転院したときは「あと5ヶ月で歩いて家に帰る」と決めていたのですが、ものの1週間でそれが至難の業だと理解できました。

幸い私は飲み込みの悪さは最初だけで、飲み物にとろみをつけるのも最初の1月ぐらいだったし、胃ろうもしなくて済みましたが、食事をした後口を濯ぐと米粒がドバッと出るのには参りました。舌を上手く使えないので歯と頬の間に溜まった米粒をうまく掻き出せないようでした。

 

言葉がうまく喋れなかったので言語聴覚士のT君がついてくれました。

このT君、厳しかった。

いつもニコニコしていて声を荒げたり怒られたりする事はないのですが、いくらきつくても許してくれないのです。

訓練は知らない人が見たら至極簡単です。

まず舌をまっすぐ前に出します。(出すだけです)

けれどもなかなか「まっすぐ」前に出せませんし、舌を出すだけで息が切れるほど全身が疲れます。

するとT君がニコニコしながら「ちょっと左に曲がってましたよ、もう一度」と言うのです。OKが出るまでに大抵2、3回は「こいつ元気になったら絶対殴る」と心に誓っていました。

次には唇に沿って舌を回転させます。

右回りしたら一旦止まって左回りです。

ここでも4、5回「こいつ元気・・・」と思うのです。でも退院するときに、長く歩いたり、手で物を掴んだりするようにはなれませんでしたが、授業ができる程度には言葉が喋れるようになっていました。

鬼のようだったT君が本当は一番優しい人なんだと、バカな私にも今ならわかります。

 

これはあくまでも私見ですが、多くのリハビリ仲間を見ていて思うのは、「リハビリで麻痺が良くなるって事はないんじゃないか?」という事です。

私は「最初からどこまで治るかは決まっていてリハビリはその戻り具合を100%にしたり50%にしたり、早く治るか遅く治るかを左右するだけなんじゃないか?」という気がしています。(だからこそリハビリは大切です。意味がないと言っているのではありません。)

何故かというと、遊んでても治る人もいればすごく頑張っていてもうまく元に戻らない人もいるからです。

私の脳外科の主治医は脳出血発症後2年くらいの時「今の医学によると、あなたの体はこれ以上元には戻りません」と言いました。

けれども私はまだちゃんとリハビリを頑張っています。

それはまず「医者なんかに何がわかるか?」と思っているのが一つ。

それから「元に戻らなかったとしても、頑張る事自体に意味がある」と思っているからです。

私は特定の宗教を持ちませんが、若い頃から「頑張っていればきっといいことがある」と思ってきました。そしてそれは私の場合はあながち間違ってはいませんでした。

おかしげな宗教家のように、「麻痺になったことにも意味がある」とはとても思えませんし、「麻痺になって幸せです」とも思わない。

けれども「麻痺になって不幸せ」とは今は思わずに済んでいるし、うまく表現できませんが、「元に戻らなかったとしても頑張ること自体に意味がある」ということを実感できています。麻痺になった自分を待っている「いいこと」が何なのかはわかりませんが・・・。

麻痺になって幸せとは思えませんが、この実感が得られている事は幸せだと思います。